一手 黒船来航

 

1-2 浦賀警護

 

 

享保の大飢饉の中、

 

後に大垣の両川と謡われる剣士に成長する利之助は

 

大垣城下にある家にてうぶ声をあげた。

 

 

 

 暑い夏の日であった。

 

 

 

 

 

それから10年以上が過ぎ、

 

 

暑い夏の日差しの中、眼前に広がる海原を前に利之助は想いに更けていた。

 

 

 

 

だらしのない顔とは別に朱色の見事な鞘に納まった一振りが腰からさげられていた。

 

 

 

弘化3年(1846年)

 

 

 

利之助は元服してから間もない頃であったが父と兄の名代として警備の任に就いた。

 

 

 

名代と言いながら押し付けられた損をした気分はない。

 

逆に潮風を浴びて気は晴れている。

 

 

 

 

利之助は生まれてから物心つく頃の記憶が極端に少ない。

 

 

 

覚えているのは和算が不得手で父に叱られる日々のこと。

 

 

 

利之助は赤坂宿に家がある算用方の次男に生まれ、

 

元服しても世襲の時代である限り算用方に奉公に出る。

 

 

役は兄が継いでも士分の次男として跡目を繋ぐために

 

和算を学び武家や商家へ養子へ出され万が一家に何か起きれば養子縁組を

 

切って家督を継ぐことは稀ではなかった。

 

 

 

兄は優秀な和算を身に着けており元服してすぐに声がかかり藩に出仕した。

 

同じ兄弟なのにこうも違うものかと周囲が呆気にとられるほど利之助は算用が苦手であった。

 

 

 

利之助は自分なりに手を動かすのであるが

 

器用に算盤を弾くことが出来ずとても算用方として出仕させることは叶わぬことを周囲は悟ったが、

 

利之助の父は厳しく算用を身につけるよう根気よく努め深夜まで利之助に指導を行った。

 

 

加え利之助に武士の嗜みである剣術を学ぶことを禁止した。

 

 

 

 

家督は兄が継ぐのであるから、

 

藩の軍制改革に参じるために剣術道場へ通うことを願い出た際は

 

怒鳴り声を上げて利之助を制すほどであった。

 

 

 

 

算用には厳しいが声を荒げることなどない父には珍しい。

 

 

 

剣術の話をするたびに母が止めにはいらなければどうなったことか。

 

 

 

利之助は父の前で剣術の話をすることをやめたが、

 

父や兄、家を守る男子として剣術はあるべきものと信じ父に隠れて棒切れを振るうようになっていた。

 

 

 

利之助は赤坂湊では

 

「算盤の使い方を知らぬ馬鹿小僧」

 

と皮肉られていたが友も出来た。

 

 

 

 

浦賀警備の任が初の江戸勤めになる利之助に

 

餞別代わりにと打刀を手渡した鍛冶屋の鞍沢だ。

 

 

鞍沢は名を隆士と言う。

 

 

鍛冶屋で苗字があるのは、元々士分であり家の事情で

 

弟が家督を継いだため養子に出されていた。

 

 

 

赤坂の刀鍛冶の腕の良さは大垣城下でも評判が高く、

 

鞍沢が入った鍛冶は赤坂でも指折りの刀鍛冶。

 

 

 

海を眺めながら赤坂鍛冶の鞍沢の言葉を思い出し物思いに利之助はふけっていたのだ。

 

 

 

 

 

「利之助。お前も浦賀に分家様の手伝いへ行くのか」

 

 

 

浦賀奉行を務めていた戸田家は大垣藩主戸田伊賀守の親類であり分家である。

 

異国船に対する備えに本家である大垣藩に助力を求めてきていた。

 

大垣藩主は分家の要請に応じ、戸田伊賀守の命を受けた家老率いる兵は

 

浦賀警護の任につくことになった。

 

 

 

家老が出した令は次の通り。

 

 

「家督を継ぐ者が他にあって武勇に秀でた者」

 

 

異国船と戦になっても家が絶えぬよう嫡子ではなく、

 

次男以上をもつ士分に人を出せと命じていた。

 

 

兄がいながらにして役目につけたのは異国船到来という風があったからである。

 

 

 

「鍛冶屋は耳も早いのか?」

 

 

 

 「刀を求める者が増えた」

 

 

 

「増えた?武士ならば刀をもっているのだろうに・・・何故」

 

 

 

 「暮らしに困った武士は刀を質に入れ、

 

  腰には竹光を下げている者も多い。鞘の重心をみればわかる」

 

 

 

 

 

「鞍~。お前は立派な鍛冶屋になったな」

 

 

 

鞍沢の冷めた物言いが利之助への嫌味だともわからずに利之助は声をかけた。

 

鞍沢は利之助の底抜けの明るさが好きであった。

 

他に友を持たぬ鞍沢が利之助を受入れていたひとつの理由である。

 

 

 

 「利之助・・・お前は江戸勤めに、木刀で行く気か?」

 

 

 

利之助が腰に指している木刀に眼をやった。

 

 

 

「な、バカなことを申すな。父上が刀を用意してくださる」

 

 

 

 

 

腰の木刀を隠せるわけでもないが利之助は湊の方を向きうつむいた。

 

利之助はいまだに父から刀を脇差以外与えられていなかった。

木刀は稽古に使うために自分で樫を削ってつくったものだ。

 

 

 

 「ふっ」

 

 

 

「何が可笑しい」

 

 

 

 「お前の父上は、お前に剣を持たせたくないのさ」

 

 

 

 

 

「俺は乱暴者ではない」

 

 

 

利之助は誤解した。利之助が木刀と同じように刀を振り回すことを危惧されていると。

 

鞍沢と利之助の父の心配は他にあったことを利之助は知らなかった。

 

 

 

 「江戸勤めの話はなくなる。父上の算段であろう」

 

 

 

「鞍。友であろうと言っていいこと悪いことが・・・」

 

 

 

利之助の言葉を遮るように鞍沢は朱色の鞘に入った一振りの刀を利之助の前に置いた。

 

 

 

「これは?」

 

 

 

 「俺が打ったはじめの一振りだ」

 

 

 

「ほう。すごいなあ」

 

 

 

 

 

利之助は感嘆の声をあげた。

 

鞘の朱色は高級な漆を丁寧に塗り上げたものであり、大層高価な代物であった。

 

 

 

 「餞別だ。持って行け」

 

 

 

「は?」

 

 

 

 「利之助。江戸勤めの餞別にお前にやる」

 

 

 

「鞍よ。貰えん。一振り目は奉納するが倣いであろう。

 

                              刀であれば自分でなんとかする」

 

 

 

 

 

 「いや。お前に渡すために拵えた」

 

 

 

「俺に」

 

 

 

 「ああ。必ずお前に必要になると思ってな」

 

 

 

 

 

利之助は両の手で朱色の鞘を持ち上げた。ずしりと重みが両腕に奔った。

 

本物の刀を手にしたことがないわけではないが重いと感じた。

 

利之助が柄に手を伸ばして柄を握り鞘から刃を抜こうとして瞬間であった。

 

 

 

 「抜刀は赦さん!!」

 

冷静な鞍沢には珍しく一喝した。

 

 

 

「刀身を観ようと思っただけだ。」

 

 

 

 

 

 「お前は刀身を見て刀の良し悪しが分かるほどの男か」

 

 

 

「そうではないが・・・」

 

 

 

 「抜くな。己の心を満たすために刃を抜くならば返せ」

 

 

 

 

 

「腰に指しておけと申すのか、竹光でも同じではないか」

 

 

 

 

 

刀鍛冶の仕事は鞘の美しさを褒められることではなく、

 

刀身の強さ波紋の美しさで競うものだとおもっていた利之助には理解できなかった。

 

 

 

  「腰に下げておけばよい。

  

            抜いた後の覚悟できておらん間は・・・な」

 

 

 

腑抜け扱いされたことに利之助は憤った。

 

 

 

「鞍。異人どもが攻め込んでくるやもしれぬ。 

 

                      江戸勤めが何を意味するか心得ておる」

 

 

 

覚悟などないことを見透かされたからだ。

 

 

 

 「心得か、ならば今ここで俺を斬れ」

 

 

 

 

 

「なぜ前を斬らねばならん。異人と闘うと言っておるだけだ」

 

 

 

 「利之助。刀で戦うとは、相手を斬り裂くこと。

 

  異人といっても人は人。命を奪い去る覚悟が出来ておるのか訊いている」

 

 

 

 

 

「それは・・・」

 

 

 

 「利之助。いいな抜くな。」

 

 

 

鞍沢はそう言って朱色の鞘に納まったままの刀を利之助に手渡した。

 

 

 

 

父には鞍沢から餞別として受け取った旨を伝えると、

 

父は叱ることもなく上役に願い出、利之助は浦賀へ向かうことになった。

 

 

 

利之助は、出立前も中山道を抜ける際も、いまこの警備に就いても一度も刃を抜いていない。

 

鞍沢の言葉が重く伸し掛かっていた。

 

利之助の心の中で声が反芻していた。

 

 

 

「人の命を奪い去る覚悟・・・か」

 

 

異国船から夜陰に乗じ小舟で数名の斬り込み隊が飛び込んで来れば

 

警備にあたる浦賀奉行に与力している大垣藩だけではなく共に任に就いている他藩も

 

合わせ二百程の兵は闘う事もなく壊滅することは予見できた。

 

 

だらしない顔をしていたのは利之助だけではなかったのだ。

 

 

 

警備の任は暇なものであった。

 

 

異国の船は海岸から遠くに豆粒のようにしか見えない。

 

船を寄せ乗り込んでくる気配もない。

 

 

江戸では今にも異国と戦いになるのではないかとの風聞で騒いでいるのに、

 

いざ警備地である海岸線は緩み切っていた。

 

 

 

多忙を極める品川で砲台場の設置作業にあたっている藩とは雲泥の差だ。

 

 

 

浦賀から江戸湾に入れば周囲は一望できるが、

 

浦賀付近は断崖のような傾斜地に複数の入り江があり上陸に適するのは久里浜あたりだけ。

 

久里浜には備えの砲台場まで設けられ警護も譜代の親藩に委ねられていたが

 

譜代筆頭格の彦根藩でさえ緊張感に欠いている現状だ。

 

 

 

 

嵐のような風聞とは異なる平穏な海原に黒い煙を眺めながら

 

利之助は闘うことを真剣に悩んでいた。

 

 

 

異国船や異国人への恐怖ではなく、

 

人を殺めることの覚悟が定まっていない自身への恐れがそうさせていた。

 

 

 

 

赤坂湊で喧嘩はいくらでもした。喧嘩に負けたことのほうが少ない。

 

  「降参だ」

 

と言えば利之助はそれ以上喧嘩をせずに済ませていた。

 

 

 

戦は喧嘩ではない。

 

     命の奪い合いだ。

 

 

 

 

利之助を刃の持つ恐怖が支配し始めていた。

 

恐怖に打ち勝つために近くの流木を拾い上げ振るい続けた。

 

その姿を見かけた同い年ほどの者が声をかけてきた。

 

 

 

「お主はなぜ真剣で素振りを致さぬ。」

 

 

 

「どうでもいいではないか」

 

利之助は背を向けた。

 

面白がってか、その男は近づいてきた。

 

 

 

「お前も鞘の中身は竹光か」

 

 

 

「ふっ重心で、竹光か真剣かもわからぬ奴と交わす言葉はないわ」

 

鞍沢の言葉の受け入りである。

 

 

 

「面白いなお前。重心で見抜けるとは相当腕前に自信があるようだ

 

 

 

不敵な笑みをこぼした。

 

 

 

「自信などない。」

 

 

 

「俺が怖いのか」

 

 

 

「な、なに?」

 

利之助に因縁をつけて喧嘩をうっている。

 

 

 

「怖いから剣腕を披露することもできんのであろう」

 

「お前のことなど怖くはない。」

 

 

 

「ではなんだ?あの黒豆のような船が怖いのか」

 

 

 

「船も怖くはない。船である限り丘にはあがれん。あがってくるのはひとだ

 

 

 

 

 

「ふん、異国人が怖いのか」

 

 

 

「否・・・ただ」

 

 

 

「お前、真剣を操ったことがないのだな」

 

 

 

「ちがう!!」

 

真意をつかれたことに利之助の声はうわずった。

 

 

 

「ハハハハ」

 

豪快な笑声が響いた。

 

 

 

「貴様!!!」

 

利之助は柄に手を置くために流木を投げ捨て、左手で鞘を握り抜刀の構えへ移ろうとした瞬時に左腕に感じたことのない衝撃が奔り、鞘から左手が跳ね上がるようになった。

 

 

 

「真剣を抜いたこともない腑抜けた侍ばかり

 

 

 

 

 

「貴様はどうなのだ。人を斬ったことがあるのか!」

 

利之助の問いに男の眼差しが冷たく光った。

 

利之助は唾を大きく呑み込んだ。海に浮かぶ黒い異国船よりも歳も近いであろう目の前の男に委縮している己を感じた。

 

 

 

「斬った」

 

利之助を見据えた眼光の奥底は哀しげであった。

 

男の眼の奥底をみた利之助は恐怖から解き放たれた。

 

 

 

「斬ったからこそ。斬る覚悟もない奴が剣の稽古などしていることが腹立たしい。」

 

 

 

鞍沢が云った言葉と同じである。利之助の心に重く伸し掛かった。

 

 

 

「確かに。斬る覚悟はない。だが・・・武士として刀を手にする限り斬ることは致し方ないだろう」

 

 

 

利之助は苦し紛れに発した。

 

 

 

「武士だから致し方ない。などという事で殺めてよい命などない。」

 

 

 

「そうだが・・」

 

 

 

「お前のような奴らには反吐が出る」

 

 

 

「鍛錬は俺だけではあるまい。」

 

下級武士だと思い因縁をつけられていると利之助は反論した。

 

 

 

「上役の者どもが奮うのは刃ではない舌だ。

 

        剣先ではなく舌先で人を死地へ送り込む」

 

 

 

 

 

「お前そこまで申して上役に聞かれでもしたら如何致すのだ」

 

 

 

「武士の体裁よりも。生き残ることこそが大事と先生は教えてくださった」

 

 

 

「お前には先生がいるのか・・・」

 

 

 

「師がおらんとでも云う気か!!自惚れにもほどがある」

 

 

 

「自惚れておらん。」

 

 

 

「ではなんだ!!!」

 

 

 

利之助は近くの岩肌に腰をおろし、流木を遠く投げた。

 

 

 

「俺は浦賀勤めになるまで腰に帯刀したことさえない。これは友が餞別にくれた。

 

お前の言うように人を斬る覚悟も何もない。剣術の師はいない。剣術を学ぶことは父から禁じられていた。」

 

 

 

「では如何様にして剣の鍛錬を積んだ?」

 

 

 

「流木・・・。赤坂湊には多くの流木が流れ着く。父に流木を取り上げられても、また素振りをする流木は毎朝流れ着く。

 

拾いあげ見よう見まね。猿真似のように振るってきた。武士らしくと思ってな。

 

剣術を身につける前に、人を殺める覚悟もない俺に気付けと父上はお叱りになっていたのだな」

 

 

 

利之助は黒煙を吐く海原に浮かぶ船を見つめながら呟き手にした流木を投げた。

 

 

 

「先ほどの無礼なこと相済まなかった。

 

私の名は坂下利之助。算術方の次男で父と兄の名代と参じたが

 

船が丘に近づいても役に立たぬことがわかった。今から上役に帰郷を願い出る」

 

 

 

 

 

「待て!!坂下」

 

 

 

「上役が左様な申し出を受けるわけがあるまい。逃亡の罪で咎にあう」

 

 

 

「咎にあっても人を斬るよりはましだろう」

 

 

 

腰を上げ利之助は、大垣藩の陣屋に向け歩き始めたその時である遠くから悲鳴に似た声が響いた。

 

利之助も共にいた男も考える前に身体が動いていた。

 

声の上がった方に走る二人。遠目に漁師らしき者が左肩を抑えながら向かってくるのが見えた。

 

二人の姿を認めた漁師の男は倒れ込んだ。

 

二人は漁師の下に駆けよった。左肩は血でどす黒く滲んでいた。

 

 

 

「何かいい残すことはあるか」

 

利之助を小ばかにしていた男がそっと声をかけた。

 


「入り江の先に10軒もない俺の村がある。

 

   野党に襲われて、

                 妻や  娘が、    頼む・・・」

 

 

 

男は息絶えた。

 

利之助はどす黒い血を拭くこともなく男を静かに横たえ眼を閉じさせた。

 

 

 

「入り江・・・」

 

 

 

漁師らしき男が駆けてきた方向は見つめた。

 

複雑に入り組んだ地形のどこに襲われている村があるかはわからない。

 

手傷を負って助けを求めに来る範囲と読んだ。

 

 

 

「待て!上役への報せをつけて動かねばならぬ」

 

 

 

利之助の動きを察した男が声をかけた。

 

 

 

「妻と娘がいると云った。助ける」

 

 

 

「馬鹿!何人いるかわからぬ野党とどう渡り合う。お主は剣の扱いも知らぬのだろうが!

 

 

 

 

 

「煩い!人を助けるのに扱いもくそもあるか。今できることをする」

 

 

 

利之助は叫ぶよりも前に駆け始めていた。

 

「疾い

 

小馬鹿にしていた男は驚いた。駆けだした利之助の脚は速かった。

 

死に逸っているのではない。本気で女たちを助ける気だ。

 

 

 

「利を考えることを知らぬ馬鹿が世の中にいてくれたか」

 

 

 

男も利之助の背を追い駆けはじめた。

 

入り組んだ入り江の奥に小さな小舟が見えた。

 

小舟の先に村がある。利之助の直観はそう利之助の脚に伝わり、足場の悪い岩場でありながらも利之助の駆け抜ける脚は更に速さを増していた。

 

利之助の後ろを追い駆ける形になった男も脚には自信をもっていたが利之助の脚に引き離されていく。

 

 

 

「いかん。俺がけしかけたせいだ」

 

 

 

利之助ひとりで野党と相対すれば、戦う術を知らぬ男と村人を無残に斬り捨てた野党では戦う前から勝敗は決している。

 

喧嘩を売って死地に舌先で追い込んだことを悔いていた。

 

 

 

利之助は小船の横をすり抜け入り江の先にある岩場を駆けあがった。

 

駆け上がった岩場からは8軒ほどの板の屋根をみつけた。

 

小さいが動きがあるものがある、人がいる。

 

 

 

「間に合う」

 

 

 

確証もなく誰にでもなく利之助は叫んだ。

 

岩場を一気に駆け下り入り江の先にある村の入り口に達しようとした。

 

男の躯が横たわっていた。奥からは女たちの悲鳴が聞こえる。

 

利之助の毛は逆立ち怒りに支配されはじめた。

 

 

 

「うわあああああああああああ」

 

 

 

利之助は気勢を挙げた。気勢は狂った琴のように入り江に響き渡った。

 

岩場に辿り着いた男には利之助の悲鳴にも聴こえた。

 

気勢に驚いた野党らしきものたちが屋根の中から飛び出してきた。

 

 

 

「なんだ貴様は」

 

 

 

 

 

拍子抜けをしたようにひとりが利之助に声をかけた。

 

男どもは見廻りの武士たちに囲まれたのだと思った。

 

「村を襲ったのか」

 

 

 

 

 

「だからどうした。

 

 こんな小さな村は俺たちの好きにさせてもらう。

 

 わざわざ浦賀まで警護に来て、毎日毎日、海に浮かぶ船を眺めているだけで

 

 女遊びもできんのではたまったものではない」

 

 

 

「なっ!!」

 

 

 

男たちは野党ではない。

 

士分だと利之助はわかった。

 

浦賀警護の任を帯びた利之助と同じ士分である。

 

 

 

「若造。お前も愉しみたいのか」

 

 

 

 

 

「女の味も知らぬだろうからな」

 

 

 

「ははは。手ほどきしてやるぞ」

 

 

 

「お前らあまりかまうな。泣きそうではないか。大丈夫か若造」

 

 

 

合わせて4名の男がいた。

 

利之助は震えていた。震える声を絞り上げた。

 

 

 

「武士とは民を守ることが役目。

 

     民から奪い辱め、武士として恥ずかしくはないのですか」

 

 

 

「若造。民のことなど口にしているうちは美味しい想いは出来ぬぞ」

 

 

 

利之助は両手を強く握りしめた。

 

 

 

「異国船から国を守る我らが民を傷つけるなど武士でもなんでもない!

 

 貴様らを奉行所へ訴える」

 

 

 

「馬鹿な若造だ。一緒に遊んでおれば良いものを」

 

 

 

 

 

「小僧ひとりで何が出来るか。あいつらのように躯になるだけだ」

 

 

 

「おっ!そうだ。こいつが村を襲ったことにして我らが成敗した!と奉行所へ届け出ましょう」

 

 

 

「妙案だな。手柄にもなる」

 

 

 

 

 

震えあがる利之助では相手にもならぬと男たちは乱暴に抜刀し利之助に斬りかかった。

 

一刀でことは終わるとおもっていた男たちだったが、思いもよらぬ反撃にあった。

 

利之助は抜刀することなく一刀を半身となり交し、体勢の崩れた男の顎を膝で蹴りあげた。

 

蹴り上げられた男は歯を砕かれそのまま岩場に倒れ込み痛みでもがいた。

 

 

 

「小僧!!」

 

 

 

二人目は正面に構えていた刀から横凪ぎで利之助の首を狙った。