三手 饅頭同心

 

3-2 狂賊黒鬼

 

 

城下に東西にわたる美濃路を西へ向かい水門川にあたる。

 

 

 

 

大垣城下の美濃路を西へ歩を進めると寺社町と町人が住まう町があり、

 

水門川湊付近まで近づくと舟問屋の小屋と足軽長屋があるここまでが大垣城下の町だ。

 

 

町に出入りするには湊に架かる橋を通り城下への出入りを行う。

 

東西の門とやゑの饅頭屋あたりに詰所があり城下を行き交う荷を管理している。

 

水門川に架かる橋を渡ると有士隊の詰所となった寺があるが、一度城下町を出る形となる。

 

小原鉄心の命で結成されても有士隊はあくまでも城外に居を構える臨時に集められた農兵集団のまま。

 

 

 

 

 

詰所付近の水門川の両岸を彩る桜を眺めながら、

 

饅頭を食べれば泰平と笑った佐久間象山を思い出していた。

 

 

 

「惜しい御仁を・・・学者一人斬って世の何が変わるのだ」

 

つぶやく利之助の前を雫と幸は歩いていた。

 

 

 

「父上。肩車!肩車!」

 

 

 

「幸。父上様はこれから大切なお役目に向かうのです」

 

 

 

「かまわんさ。ほら」

 

 

 

「父上は高い。お花にも手が届く」

 

幸が桜の枝に手をかけ花をとろうろした。

 

 

 

「幸。花は優しく見上げるもんじゃ。」

 

 

 

「なんで、お家にもって帰ればお花が見れるよ。」

 

 

 

「お前は父や母上と離れて暮らしたいか。」

 

 

 

「いやじゃ。いやじゃ」

 

 

 

「そうだろう。お花もいっぱいあるようだけど幸の掴んだお花にも、

 

父上や母上がいるやもしれん。お前だけ連れていかれたら哀しいであろう」

 

 

 

 

「わかった。ごめんね。」

 

 

 

「よいこね。」

 

雫は利之助の肩にまたがる幸の背中を撫でた。

 

 

 

「よ~し。代わりにお馬さんじゃ!!」

 

 

 

水門川のほとりを駆けだす利之助の頭に幸はしがみついた。

 

 

桜を愛でる親子三人で過ごす一刻はすぐに終わりを告げた。

 

利之助と雫が詰所となった寺には三十名ほどの隊士が集まり武術の鍛錬を行っていた。

 

今日の師範代は善次郎が当番だった。

 

 

 

「おお雫様じゃ~」

 

隊士のひとりが雫に気付いて声をあげ、武術をしていた皆の手が一斉に止まった。

 

この光景を一括しなければならない善次郎の手も止まっていた。

 

 

 

「善次郎様、師範代の御役目は?」

 

 

 

「おおそうであった。なんじゃお前らおなごひとりに気を抜くな!」

 

隊士一同笑いが込み上げ利之助も雫も笑った。利之助の頭の上から幸が一言

 

 

 

「こら、稽古はしっかりやりなさい」

 

再び隊士一同が笑った。

 

 

 

「幸様が一番お厳しい。父上様もかないませぬな」

 

ひとりの隊士が声をかけた。

 

 

 

「違う。父上より母上が強い。」

 

幸の回答に笑いの渦が詰所を包んだ。

 

 

 

「ああ、おじうえ様!」

 

桜の華にも負けぬ威風に満ちた一番隊隊長山本。

 

 

 

「山本先生。ご藩老様の御下命ですか」

 

善次郎の声を合図に一同が詰め寄った。

 

 

 

中央に山本、脇に善次郎、利之助を見据え、各隊の副長を先頭に隊士が寺の堂内に坐した。

 

 

 

前のめりに座る隊士を見つめ山本が口を開いた。

 

 

 

「皆も知っておろうが、和宮親王様が江戸へのお輿入のこと」

 

 

 

詰所は喜び声で騒めく。

 

公家と武家がひとつとなり国内の混乱を治める舵をきるためのことで、めでたいことと民衆は感じていた。

 

 

 

「お輿入れ取りやめとなった」

 

 

 

「取りやめ?何故?」

 

隊士より声があがる。

 

 

 

「お輿入の和宮親王様を狙う動きがあると諸国に噂があったのは知っておろう。

 

真偽が確かにならぬうちはお輿入は出来ぬと公家方が申したそうだ」

 

 

 

「左様な噂に乗っては・・・」

 

善次郎が口を挟む。

 

 

 

「否。ただの噂とも思えぬ。」

 

山本は手で制した。

 

 

 

「先生は何か御存知なのですね」

 

山本の眼をみつめ利之助は問う。

 

 

 

「この一年余り、木曽路から美濃路にかけて、荷駄を狙う狂賊を捕縛できずにおる」

 

 

 

「黒鬼・・・年貢米を狙い畜生働きをする輩か」

 

 

 

黒船来航で揺れる江戸から離れる美濃路では、荷駄を狙った賊が1年余り暴れまわり、

 

荷駄を奪うだけではなく命までが奪う凶行に沿道諸藩は頭を抱えていた。

 

 

 

男どもの命は奪われていたが、女子供は命を奪われることがなかった。

 

生き残った女子供は「黒い鬼」が襲ってきたと口にしていた。それから「黒鬼」と呼ばれた。

 

 

 

「黒鬼探索を各藩で行っているがいまだ正体すら掴めない」

 

 

 

「狂賊黒鬼は脅威ですが、此度の輿入と何かつながりがありますか」

 

 

輿入には沿道諸藩の万を超える兵が固め、

 

僅かな護衛しかつかない無防備に近い荷駄隊とはわけが違う。

 

黒鬼と呼ばれている狂賊集団だけで襲撃などありえないとばかり。

 

 

 

「幕府は隠して居るが数か所の宿場が何者かによる襲撃されているとも聞く

 

 

 

明らかに輿入れを妨害しようとする力が暗躍している。その異様な雰囲気が山本を包んでいる。

 

 

 

「先生、よろしいですか。」

 

山本を包む霞を斬り払うように利之助が口笛をきった。

 

 

 

「申せ。利之助」

 

 

 

「狂賊に襲われた荷駄の殆どは大坂の米問屋の豪商たちばかり。」

 

 

 

「続けよ」

 

 

 

「狂賊であれば手間をかけず旅する者などを狙うはず。

 

この半年、豪商たちは護衛を増やしているのに襲撃は止みません。

 

豪商、もしくは豪商に縁のある大名家に何かしらの恨みをもっているのではないかと。

 

奪われた米の行方が知れぬのも・・・。」

 

 

 

「なるほど。奪った米が領民に分け与えられた様子もなく、売りに出された気配もない。

 

簒奪すること自体が目的ということか」

 

善次郎である。

 

 

 

「悪くない読みだ。だがもう一歩何か足りぬ」

 

 

 

「黒鬼の意図を口にしたくはありませんが、簒奪した米の量から図りますに、

 

幕政に不満を抱える者を集め、戦を仕掛ける算・・・

 

 

 

 

 

「戦とは飛躍の度がすぎるぞ」

 

余りに突拍子もない利之助に善次郎が横やりをいれた。

 

 

 

「否。善次郎、ワシも利之助の考えに近い。」

 

 

 

「狂賊黒鬼の仕業にしてはあまりに統率のとれた動き。

 

網を張った荷駄は避ける周到さ、あの挑戦文。」

 

 

 

「では黒鬼は・・・」

 

 

 

「小原様は、幕府権威失墜を確実にするため、お輿入を狙うための兵力を蓄えておると。

 

また、何処の町に根を下ろしているはずじゃと」

 

 

 

「いずれの町とは、幕政に異を唱える諸大名を糾合し反逆を起こすと?」

 

 

 

「幕政を倒そうとする動きは上方にて燻っている。そやつらの所業であれば西。

 

此度は幕政の本拠のある東で事を起こす。」

 

 

 

「宿場。城下では目立ちすぎる、街道沿いの宿場を制圧し近い場所に根城を置く。」

 

 

 

「中仙道か」

 

 

 

「古来より、お輿入は中仙道を通る習わし。

 

輿入を狙う動きがあるとしてもこの習わしを崩し警備しやすい東海道を通れば、

 

幕府に姫を守る力なしとなり、弱き幕府に国を任せることは叶わぬと国論はさらに動く」

 

 

 

「お輿入が中止となれば幕府の失墜はより・・・」

 

 

 

「左様じゃ。此度の中止は、あくまでも宮様の体調不良によるものとなる。

 

猶予は半年、その間に宮様を狙う狂賊を探し滅せよと中仙道諸藩に下知された。」

 

 

 

「では、美濃路は藩兵を動員して山狩りなりを・・」

 

 

中仙道の宿場を調べることは役人で叶うが、根城を構えるであろう山中を探索するには

 

諸藩総出で山狩りをするしかない。

 

 

 

 

 

「善次郎そうもいかぬ。あくまでも宮様の体調不良を通さねばならぬ。

 

諸藩ともに隠密裏にことを運ばねばならぬ」

 

 

 

「お兄様、黒鬼の描いた絵図の通りであれば・・・」

 

 

 

「諸藩からでる探索の手の者は皆すべて返り討ちに逢う」

 

 

 

「狂賊と見せかけ先じ幕府の動きを封じていた・・・」

 

 

 

「大垣藩の正規兵ではない我らであれば、街道探索や往来もある程度の無理は通る」

 

 

 

「ああ。」

 

 

 

「なれど。」

 

 

 

「申したいことはわかる。

 

統率がとれ、幕府や諸藩の動きを策を以て制するほどの黒鬼相手に

 

我らで如何様に戦い勝てるかであろう?」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「有士隊があくまでも農兵としても六〇余りで動けば一軍とみなされ黒鬼にも動きは悟られる。

 

探索に赴く者を選抜し、賊の拠点を見つけたところへ、伝馬を以て隊を集め、

 

拠点のある藩に応援を頼み殲滅する

 

 

 

 

 

「さすがは先生じゃ」

 

隊士は山本の策に頷いた。

 

 

 

「探索は三隊。一番隊は私、二番隊は善次郎、三番隊は利之助が指揮致せ。

 

 各隊の副長は大垣に残り留守の間の隊をまとめよ。

 

 一隊あたり隊長と伝令を含め四名とする。

 

 各隊が受け持つ範囲を決める。」

 

 

 

「お兄様!」

 

雫の声に幸は驚いた。

 

 

 

「無謀ではない!これは藩老様の御決断じゃ。覆らん。戦と思って支度させよ。」

 

 

 

詰所に幸を連れてくるなと言っても、幸はひとりでも来てしまうことを山本も理解はしている。

 

しかしこのような重苦しい話題を聞かせたくない。

 

 

 

「私は大垣を長く離れることは出来ぬ。美濃路を主としてあたる」

 

 

 

「善次郎は、中山道と北国街道の交じる信濃から江戸へ走り、江戸から戻れ」

 

少し間をあけた。

 

 

 

「利之助。お前は木曽路じゃ」

 

 

 

山本は木曽路に黒鬼の本拠があると読んだ。

 

木曽は中仙道の中腹に位置し、御三家の尾張藩や天領が占める、

 

木曽福島には木曽路の往来を取り締る中仙道最大の関所もある。

 

 

幕府失墜を本気で狙うなら木曽路で仕掛けてくる。用兵家としての才幹が感じさせていた。

 

木曽路を利之助に任せるのは、利之助の腕にかけたことではない。

 

己の妹の夫である。

 

一族に温情をかけたように思われれば隊士の士気にかかわる。

 

 

 

「各隊、探索に同道する者の名を本日中に届け出よ、出立は明後日。準備にとりかかれ」

 

 

 

「おう!!」

 

一同が応えた。