四手 大塩平八郎

 

4-2 有士隊出陣

 

 

 

山本は激高し詰所の本堂の床を手で殴った。

 

 

 

「なぜ、私を狙わぬ・・・」

 

まるで黒鬼の正体を知っているかのようであった。

 

山本の怒りは収まることなく、利之助も同じく、隊士も同じ思いであった。

 

 

 

「有士隊は小原様預かりのまま城下、湊、街道の警備にあたれとのご命令。」

 

 

 

「藩は動かせん。我らだけで行く。」

 

 

 

「軍勢がいた場合は如何なさいますか?」

 

 

 

「否。軍勢という数ではない。多くて百程度。」

 

 

 

「根拠は」

 

 

 

「桜田門と同じだ。幕府の権威失墜を狙ったものだとすれば少数により功をあげたほうが良い。」

 

 

 

「大坂へ向かう荷駄を狙う。此度の探索で奪われた米の流れも見えた。

 

 街道より逸れた村々に放置しておった。村長らも届け出ずに窮状を凌ぐために、

 

 奪われた米と知らず分け与え食べつないでいた」

 

 

 

 

 

「大坂。米。大塩平八郎の乱に加担して処分を受けた者たちの幕府への報復」

 

 

 

「黒鬼の動きは統制がとれたようで無秩序。

 

 惨殺される畜生働きがあれば、荷駄だけ奪い、

 

                        売ることもできる女子供を残すこともある。」

 

 

 

「宮様を狙うのは、幕政に恨みを持ったその意志で一致した者が集っている。」

 

 

 

「ならば何故、大垣を狙うのです。

 

 まるで大垣でも処分を受けた者がおるようではありませんか」

 

喜平太が問う。

 

 

 

 

「藩政の詮議はよい。

 

 黒鬼の勢いが増して大垣に害を成す前に決着をつける」

  

 

 

山本の反応は明らかに何かを知っている。

 

 

 

「ご藩老様の命に従い、各所の探索、警備を致せ。

 

襲撃してくるかもしれぬ。

 

                  皆、死に場で生きるために戦え。」

 

 

 

「おう!」

 

 

 

声をあげる隊士の詰める寺内の屯所に一声が突き刺さる。

 

 

 

「饅頭同心!!俺も連れていけ」

 

 

 

「幾太郎。お前はまだ幼い」

 

 

 

 

 

「俺はこの手で兄上の敵を討つんだ」

 

 

 

 

 

「ダメだ」

 

 

 

「嫌だ。」

 

 

 

「憎いなら俺を斬れ。斬ってみろ」

 

 

 

「やあ!!」

 

幾太郎は脇差で斬りかかった

 

利之助は抜刀し剣を撃ち返し一瞬で幾太郎の首に刃をあてた。

 

幾太郎の首に冷たい感覚がはしる。

 

 

 

「幾太郎。仇は俺が討つ。必ずだ!」

 

「饅頭同心風情の約束など、あてになるものか!」

 

幾太郎の眼から涙が零れ落ちていく。

 

 

 

「痛いの、痛いの、とんでけ」

 

 

 

「痛いの、痛いの、とんでけ」

 

 

 

同じ言葉を繰り返しながら幾太郎に幸が歩み寄り涙を拭いた。

 

「何をする」

 

幾太郎は幸の手を振り払う。

 

 

 

「父上は私が痛いって泣くとこうしてくれる。

 

 父上はわたしとの約束はいつだって守ってくれる。

 

                                  だって父上は強いんだもの」

 

 

 

ひとりの少女に悲痛に埋もれていた詰所は救われた。

 

幾太郎は泣いた。

 

 

 

「痛いの、痛いの、とんでけ」

 

隊士たちは口々に唱えお互いの無事を祈った。

 

 

 

出立の準備にあわただしさを迎える詰所にはもうひとり珍客が訪れていた。

 

 

饅頭屋のやゑだ。

 

 

 

やゑは、雫と話がしたいと黄昏時の陽が差し込むなか重い口を開いた。

 

 

雫はすゑから発せられた言葉に動揺し、利之助を呼ぼうとも思った。

 

 

やゑの語ったことが真実であれば利之助にとって過酷な旅路になる。

 

想いを受け取った雫は意を決し、やゑに返答した。

 

 

 

 

「必ずや やゑ様のもとに持ち帰ります」

 

 

 

 

雫の言葉に深々と頭を下げた。