六手 和宮下嫁

 

6-1 義士伝承-2

 

 

船町を灯す灯台のもと

 

 

 

    熾烈な兄弟の激突はつづいた。

 

 

 

 

 

 

 

仕掛けたのは兄高利だ。

 

 

 

 

いままで見せた大振りはなく間合いを詰めさせない突きの連続を繰り出す。

 

 

 

 

利之助は二刀を巧みに操り、

 

 

 

突きを捌いているが身体には無数の傷がつき羽織には黒ずんだ染みがうかんできた。

 

 

 

 

致命傷には至っていないが確実に利之助の力を削いでいた。

 

 

 

 

「相打ちを狙うなど無駄だ」

 

 

 

利之助の手の内を見透かしたように槍と共に声でも突き刺した。

 

 

 

二人の動きがとまった。

 

 

 

 

 

高利の両腕から真っすぐに伸ばされた槍は利之助の鳩尾を貫いた形にみえる。

 

地面に多量の血が降り注いだ。

 

 

 

 

 

「利之助様!」

 

 

 

剣戟に埋まる船町湊のなか雫の悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

山本、善次郎は、悲鳴が何をさすかを知り、眼の前に対した者を斬り伏せた。

 

 

 

 

 

「先生、ここは私が、利之助を助けにいってください」

 

善次郎も二刀になり囲む敵をひとりで担う。

 

 

 

 

 

「善次郎、死ぬなよ」

 

 

 

 

 

「そりゃあ!!」

 

善次郎の気合と共に二刀が繰り出される。

 

合図に山本は背を向けはしった。

 

 

 

 

 

山本の眼にもうなだれる利之助が映る。

 

   「間に合わなかった」

 

 

       心の中でつぶやく。

 

 

 

 

 

「兄上の仇!!」

 

 

 

誰もが予想しない小太刀の一閃が微動だりしない二人の間を割いた。

 

 

 

 

可兒幾太郎である。

 

 

 

 

可兒の一閃は高利の背を斬った。

 

 

 

 

 

「小童」

 

斬られたことに動じもせず、小太刀を持つ可兒を鬼の形相で睨んだ。

 

 

 

脇差を手にした幾太郎は震えがとまらない。

 

 

 

山本の距離からでは利之助も幾太郎も救えない。

 

二人の命はない。そう感じた時である。

 

 

 

「ぐう」

 

高利の苦痛に満ちた声があがった。

 

 

 

槍を持ち突き出していた左腕が地に堕ちた。

 

 

 

「利之助様!」  「饅頭同心」

 

 

 

 

 

「急所を貫いたはず」

 

 

 

 

鳩尾から串刺しになっていたのではなかった。

 

利之助は二刀を十字に重ね穂先を鳩尾から脇腹に軌道を変えていた。

 

脇腹には槍の穂先が突き刺さったままだ。

 

 

 

 

 

「幾太郎、仇は必ず・・・」

 

利之助は穂先を自ら抜き前向きに倒れこんだ。

 

 

 

 

 

幾太郎は命を饅頭同心に救われた。

 

 

 

 

 

隻腕となった高利に勝機はない。

 

 

利之助は命を懸けて、師にすべてを託した。

 

妻雫を守るために時を稼ぎ、和田大火の二の舞を回避したのだ。

 

 

 

 

 

「山本!!!!」

 

大音声が鳴り響き剣戟が止まった。

 

 

 

 

 

「一死必殺の禁忌を利之助に伝授したのか」

 

 

腕をなくしたことへの怒りではない。

 

一死必殺、己の命ひとつの変わりに敵の命も奪う、非情の剣。

 

 

 

 

 

「ああ。利之助にはその素質があった」

 

 

山本が二刀を無形位に構え答えた。

 

 

 

 

 

 

「お前はどこまで俺の家族を弄べば気が済む」

 

 

 

「利之助は鞘の理も習得した。」

 

 

 

 

「だから、お前の道具になっていいとでもいうのか」

 

 

 

 

「なんと罵られようと構わん。

 

 

    大垣を守る鞘が必要なのだ」

 

 

 

 

「貴様だけはこの手で始末する」

 

倒れこんだ利之助が手にしていた愛刀を隻腕で掴み山本へ構えた。

 

 

 

「勝負はついている」

 

 

 

 

「父の剣技を汚れた者の血で汚すことはしまいと槍を極めた。」

 

 

 

「父を斬り、弟を道具扱いにし、愚弄された我が小宮山の血は、小宮山の剣で始末をつける」

 

 

右肩に刀を抱えるような構えをとった。

 

 

 

 

 

 

「弟を、父君を想う気持ちがあれ、もっと違う手段もあったであろうが」

 

 

無形位からゆっくりと両腕を広げるように構えを移した。

 

 

 

 

 

 

有利にたっているはずの山本は動けなかった。

 

 

 

藩命に従い兄弟の父を斬ったこと、

 

 

    そして兄弟を過酷な戦いへと巻き込んだ葛藤が動きをとめていた。

 

 

 

新しい一日のはじまりをつげようと明星があたりを照らし出すなか、

 

呼吸の音さえも潜めるほど静けさが周囲を支配した。

 

 

 

 

 

「ワシは戻れぬ道を来た。弟を頼むぞ」

 

 

 

高利は袈裟斬り、横凪、突き、三連撃が繰りだした。

 

 

 

達人たちでもこの連撃を交わすことも捌くこともできないであろう。

 

 

だが山本は既に同じ剣を振るう男と命のやりとりを越えた戦いをしていた。

 

 

 

 

 

互いに構えをとった時点で勝負はついていた。

 

 

 

 

 

袈裟を交わし横凪は二刀で受け止め、

 

 三手目の突きを十字にした刃で弾き返し、

 

   空いた右わきを二刀が斬り裂いた。

 

 

 

既に反撃力を失った身体に山本の渾身の左突きが決まり、利之助が倒れこんでいる

 

 

禁忌応伝とされる左突きの破壊力は一死必殺とされる。

 

 

 

 

 

「背負うのは悪名のみ。

 

         先に逝って待っていてくれ」

 

 

 

 

誰にも聞かれぬ声で山本はつぶやいた。

 

 

  命永らえれば待っているのは

 

  死よりも厳しい生き地獄の取調べと誇りを奪われたのちの処刑。

 

  悪名を追った者であろうと剣士としての最期を迎えさせるため非情にもとどめをさしたのだ。

 

 

 

高利は成長した弟の顔に右手を伸ばし触れた。

 

 

 

 

「大きくなった」

 

 

 

復讐に囚われた鬼の形相は消え、弟を見て微笑む顔が最期であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒鬼の頭目は討ち取った。

 

  残った者はおとなしく縄につけ。無駄に命を捨てるな」

 

 

 

絶命した高利を背に山本は声をはりあげた。

 

 

 

 

山本の手によって高利が討ち取られたことで船町湊での決着はついた。

 

小船に積まれた火薬から火の手もあがることはなかった。

 

黒鬼が謀った和田大火を前哨にした和宮行列を狙った大火は防がれた。

 

 

 

 

 

雫は喜平太が無事に保護し、倒れこんだ利之助のもとへ駆け寄った。

 

 

 

 

 

「利之助様、利之助様」

 

眼を開けない利之助を抱え込み頬を摺り寄せ三途の川から呼び戻そうとした。

 

 

 

 

 

 

船町湊の土は小宮山兄弟の血で染まり朝陽に照らされ黄金色にかわっていた。

 

 

辺りでは逃れようとしている黒鬼一党の掃討がはじまっていた。

 

 

 

黒鬼一党で縄につこうとする者はいない。

 

 

捕縛されても待っているのは極刑の後の処刑、ときには親族にまで責が及ぶこともある。

 

 

善次郎らは歯向かう者を斬り伏せるしかなかった。

 

 

 

騒ぎをきいた町民たちが集まっていた、そのなかにやゑと幸の姿もあった。

 

やゑにしがみつくように幸もついていた。

 

やゑと幸の眼に愛しい者が倒れこんでいる姿が飛び込んできた。

 

ふたりとも各々愛しい者の名を口に直感的に飛び出していた。

 

 

 

「父上」「たかとしさま」

 

 

 

山本、善次郎、有士隊の間隙をついた黒鬼残党が走り出した幸を強引に引き寄せ抱きかかえた。

 

 

 

「父上、父上」

 

 

 

大粒の涙を流しながら幸は泣き叫んだ。

 

 

 

 

「これ以上、罪を重ねるな」

 

善次郎は人質をとることは無駄であると姿勢で示そうとする。

 

 

 

 

 

「黙れ。稚児であろうが斬るぞ」

 

有士隊の動揺がみえた、善次郎の言葉が脅しでしかないことがわかり強気になった。

 

 

 

 

 

幸はさらに大きく泣いた。

 

 

 

「うるせえ黙れ」

 

 

 

 

「おやめください。どうかおやめください。かわりに私を」

 

足元にすがるやゑを蹴り返した。

 

 

 

 

「さあ、路をあけろ」

 

泣き叫ぶ幸を抱え込んだまま進もうとする。

 

 

 

 

 

行く手に両手を大きく開いた利之助が立ちふさがる。

 

足元を黒い色に変わった液体が染めていく。

 

 

 

 

「幸、泣かなくてよい。私がいるから」

 

 

 

 

「死に損ないが!」

 

片手で真っ向を振り下ろした。

 

 

 

 

利之助には余力はなく町民たちから悲鳴があがり眼をとじた。

 

 

 

 

  動けない利之助と幸の前から倒れていく、

 

 

   手を縛られたままの雫

 

 

 

 

「しずく・・」「母上」

 

 

 

 

「貴様ぁぁ」

 

 

 

声を発し倒れこみながら黒鬼一党につかみかかろうとした利之助だ。

 

 

 

「ぐっ」

 

男の背から腹にかけて刃はつきあげられ絶命した。

 

山本だった。

 

 

 

泣き叫ぶ幸を抱えだし利之助は倒れこんだ雫に声をかけた。

 

  

 

 

 

「しっかり、しっかりするのだ。」

 

 

 

「あなたのほうが傷だらけですよ」

 

 

 

 

「母上、痛いの痛いのとんでけ。痛いの痛いのとんでけ」

 

幸は母の手をさすりながらつづけた。

 

 

 

 

 

「みゆき、  父上は   

 

   お前との約束を守るため命をかけて戦ってくださったの。」

 

 

 

 

「しゃべるな。早く医者を」

 

 

 

 

「どんなことがあっても

 

 

        父上も母もみゆきのことを守っているからね」

 

 

 

 

「痛いの、痛いの、とんでけ、とんでけ、もう泣かないから母上から飛んでけ」

 

 

 

「みゆき、  ありがとう。

 

             痛いの消えたよ」

 

 

幸に笑いかけた、その顔をみて幸は利之助に抱えられたまま意識を失った。

 

 

 

 

 

「利之助様。

 

   どうかこの先も笑ってくださいませ」

 

 

 

「雫、   お前がいなければ私は何も出来ぬ。」

 

 

 

 

 

白い手がいつもよりも透き通るほど白く冷たくなっていく。

 

 

 

 

 

喜平太をはじめ有士隊や町民が戸板を外し集まる。

 

「隊長、お医者様まで走りましょう」

 

 

 

 

 

「利之助、お前も乗れ。」

 

 

 

深手を負っている利之助を気遣う善次郎だ。

 

 

 

 

「私にはかまうな。傷など慣れている」

 

治療せねば利之助もながくはもたない。

 

 

 

 

 

「利之助、お前まで倒れればみゆきはどうする。」

 

 

山本が気丈にふるまった。

 

 

 

 

 

「善次郎、お前はここの後始末を担え。」

 

 

 

 

「はっ」