五手 和田大火

 

5-3 上田藩士

 

 

卓三は語りだした。

 

 

 

 

雪村なる公儀隠密の旗本と共に和田宿周辺を調べている。

 

 

 

上田藩出身の武士が和宮嫁下にかかる警備計画を写し取り持っていたものが

 

紛失したことが公になる前に取り戻したいのだそうだ。

 

 

 

 

警備概要は和田宿和田峠付近の各藩の割り当てなどが書かれていたようである。

 

 

警備概要が漏れれば襲撃計画はより高い成功を狙える。

 

 

紛失したことも大失態であるが写し取る大胆な武士もいることも驚きであった。

 

 

 

 

 

卓三の話のすべてを信じることは難しいが、

 

卓三の案内で旗本がいる小屋に案内された。

 

 

 

 

小屋のなかには4名ほどの男のなかにひとり武士らしきものがいた。

 

 

 

 

 

 

「清次郎さん。兄ぃは??」

 

 

 

 

 

「天狗を追って山に入っておるよ。そちらは」

 

 

 

 

「卓三が私たちをつけてきたので、返しに寄った」

 

 

 

 

 

「ほう。お武家さんは卓三を山のなかで捕まえたのかい」

 

 

 

武士の嗜みを覚えたものが静かにこたえた。

 

 

 

 

「子どもに危うい橋を渡らせるな」

 

 

 

 

「卓三は体は小さいが立派な男だよ。」

 

 

 

 

「貴殿も武家の者とお見受けいたすが名をうかがってもよいかな」

 

 

 

 

「もうじきこの首が飛ぶかもしれん私の名を知りたいか」

 

 

 

「お前が警備計画を写し取った愚か者か」

 

 

 

 

「卓三が話したのか。

            そう。写し取った。一度見ただけではな覚えれんのだ」

 

 

 

覚えることができないから写したなんとも明快な回答であった。

 

悪びれた様子もない。

 

 

 

「紛失して宮様の暗殺計画に利用されたらお前の首だけではすまんぞ」

 

 

 

「ですからこうして仲間の手を借りて探しておるのです。」

 

茶をすすりながら飄々とこたえる。

 

 

 

「暗殺計画を知るとは貴殿は幕臣ですか?」

 

表情は柔らかいままだが眼光はするどさをました。

 

 

 

「大垣藩士小宮山利之助、宮様の襲撃を狙う一党を追っている」

 

眼光に射抜かれたように素直に名乗った。

 

 

 

「大垣って、西美濃の小藩ではないか」

 

 

 

拍子抜けした感じは伝わった。

 

 

 

「無礼な!」

 

 

 

「いや。不思議に思ったのだ。

 

 幕臣が追うならまだしも小藩の武士ひとりふたりで追いかけて止められる計画でもない」

 

 

 

「沿道諸藩も同様に動いている。」

 

 

 

「だが、いまだに見つけられぬ」

 

眼光が鋭く確信を貫いた。

 

 

 

「おい!清次郎。

 

 礼を欠くな。少なくともそいつは名乗ったぞ。」

 

 

 

小屋の外から着流しをきた侠客風情が入ってきて声をかけた。

 

 

 

 

 

「つい話に夢中になった。

 

 かたじけない。

 

 礼を欠いたことひらにご容赦ください。」

 

 

 

両手をつき深々と頭をさげつづけた。

 

 

 

「私は、芦田清次郎。上田藩士の子です」

 

 

 

「突然丁寧になりやがる。

 

 許してやってくれ。

 

 

 こいつは頭のまわりが良すぎてときに礼を欠くこともあるが悪気はないんだ。

 

 

 俺は、雪村平助。旗本矢沢仙石家に仕えている者だ」

 

 

 

公儀隠密であることは口にしない。

 

 

 

「んで俺は雪村組一の子分卓三だ。」

 

 

利之助が後に身を以て命を助けようとした男、

 

上田藩士芦田清次郎(後の赤松小三郎)との出会いは突然であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

和田峠の頂を越え宿場町の手前二里ほどに位置する小屋に利之助たちは、

 

上田藩士芦田清次郎と旗本家家臣の雪村とその舎弟たちが4名と共に囲炉裏を囲んだ。

 

 

 

囲炉裏では鮎が焼かれ香ばしい香りが空腹さを増させた。

 

 

 

 

 

「大垣から和田まで探索に出向くってことは、

 

                         一件の首謀者は大垣にかかわりある者ってことかい」

 

 

雪村が口を開いた。

 

 

 

「左様なはずあるわけがございません」

 

 

 

雪村の疑問を遮るように答えたのは雫であった。

 

 

 

「そうか。」

 

雫の表情から答えを察したのは雪村だけではない。

 

 

 

 

「雫。知っていることがあるなら今ここで話すのだ。」

 

 

 

「利之助様」

 

 

 

「何か知っておるから。私に同行してきたのであろう。」

 

 

 

「それは・・・」

 

 

 

「おいおい。おなごを追い込むんじゃなえよ」

 

 

 

「ひとつやふたつ話したくないこともあるのが人だろ剣客さん」

 

 

 

「口を挟むな。

 

 旗本家臣ならもっと身なりにも気を遣ったらどうだ。

 

 こどもをあつめて侠客気取りなどしおって」

 

 

 

 

 

「おいおい。ひとを見た目で決める力量じゃあるまい」

 

 

 

口元は笑っているが眼は笑っていない。

 

 

 

 

「貴殿ほどの力量がありながら・・・」

 

 

 

雪村という男が一流の剣腕の持ち主であることは見た瞬間から感じていた。

 

 

 

身なりに対して一部の隙も無い。

 

 

 

 

 

 

「平助。話がそれているぞ」

 

 

温和な表情の下には冷徹ともとれる静けさを感じる。

 

 

 

「小宮山殿、貴殿らはどこまで知って和田まで来た」

 

 

 

利之助は、黒鬼と呼ばれる狂賊が大垣や西美濃で荷駄の襲撃を繰り返していること、

 

大垣藩士を惨殺し宮様の下嫁を襲撃する企てがあること、それに対しその正体には手掛かりがないこと、

 

家老直属の者少数で影を掴むため探索にでたことを伝えた。

 

 

 

「黒鬼か・・・。天狗と同じかもしれん」

 

 

 

「清次郎もそう思うか」

 

 

 

「だとすれば此処が狙いであることは間違いないな」

 

 

 

「沿道の警備計画を餌にした甲斐もある」

 

 

 

「紛失したのではないのか、それに天狗とは何者だ」

 

 

 

下諏訪から和田峠を越え江戸に向かう中山道でも異変が起こっていた。

 

 

 

かどわかし(人さらい)、押し込みなど、宿場を襲い、神出鬼没なことから天狗と呼び、

 

雪村は旗本家から密命を受け天狗をおっている。

 

 

 

 

天狗の影も見えないなか、宮様行列を狙う噂を聞きつけ、

 

おびき出す餌に沿道警備の写し書きを紛失させていた。

 

 

 

 

偽の警備計画ではなく幕府が記した書であり大胆な策であるが失敗に終われば、

 

ここにいる者が腹を切るぐらいでは済まされない大事なのだ。

 

 

 

 

 

「芦田殿、天狗と黒鬼は同じものでしょうか」

 

 

 

 

 

「同じ者とは言えませんが、中山道での騒ぎを東と西で起こし、公武合体の妨げで一致している者たち」

 

 

 

 

 

「尊王や攘夷っていう志をともにしている者か」

 

 

 

 

 

「ひとを殺めるのに志などあってはならん」

 

幾太郎の無念を知る利之助の怒りが爆発した。

 

 

 

 

 

「利之助様」

 

 

 

 

 

「天狗を捕まえれば黒鬼につながるなら和田宿へ入る」

 

 

 

刀を持ち立ち上がる利之助

 

 

 

「顔に似合わない激情をもっているんだね剣客さん。

 

 だがそのままでは和田でも長久保でもその次の宿場でも天狗の顔は拝めないさ」

 

 

 

 

 

 

「では座して待っているだけか」

 

 

 

「ああ待った。」

 

 

 

「待った、だと」

 

 

 

「ああ。大黒屋がつなぎをつけている根城に間違いない」

 

 

 

「大黒屋って、商人が言っていた店ですよ」

 

喜平太が声を上げる。

 

 

 

 

 

「つなぎをつけている根城に出入りする者を追ったのさ。」

 

 

 

 

雪村は語りだした。

 

 

 

中山道も木曽路も信濃路も険しい山間。和田を抜けると信濃路は木曽路よりも平坦な路になる。

 

 

 

一国一城令によってそのほとんどが見る影もなくなった山を利用し築かれた砦「山城」が多数点在していた。

 

和田宿を見下ろす場にも古城があり、その古城跡にひとは向かった。

 

 

 

そこにあったのは古城ではなく、櫓と門が築かれた立派な砦であり、

 

遠目にみて五十名ほどが滞在し武器を帯びていた。

 

 

 

沿道警備のため新たに砦を築いた経緯もないが和田宿を預かる役人の目を盗んで

 

ここまでの砦を築くことはできない。

 

 

和田宿の役人と町を仕切る者たちの娘がかどわかされ、役人の子だけが無事に戻っていた。

 

 

 

 

「役人も手を貸していると」

 

雪村の話を聞き終えた利之助はきいた。

 

 

 

 

「小宮山殿、違うな。手を貸しているのではない質を取られている。」

 

答えたのは清次郎

 

 

 

「卑怯な」

 

雫だ。

 

 

 

「かどわかされた娘たちも多分この砦にいる。この者らを救い出せば役人から話は聞けるさ」

 

雪村は派手な装束と乱暴な言葉とは異なり冷静だ。

 

 

 

「大黒屋を抑えてしまえばどうでしょう」

 

喜平太だ。

 

 

 

 

「ダメだ。」

 

利之助、雪村が揃って答えた。

 

 

 

 

「大黒屋を抑えれば、おなごたちは皆生きて戻れんな」

 

清次郎がつづき、喜平太は首を引っ込ませた。

 

 

 

 

「根城はわかった。仕掛けるのさ」

 

雪村だ。

 

 

 

 

「待て。遠目で五十といったな。こちらはどれほどの手勢があるのだ」

 

利之助が問う。

 

 

 

「俺と俺の仲間だな」

 

頭をぽりぽりと掻きながらこたえた。

 

 

 

「仲間の数ですか。ここにいる者で全です」

 

清次郎が補足した。

 

 

 

「正面から尋常に勝負ってわけじゃない。

 

 

                        夜陰に紛れて入り込んで救い出す。

 

 その間に近場の役人や侠客たちに助太刀を頼み、宿場で迎え撃つ」

 

 

 

 

 

「算段はあるのです。ただ、平助ひとりの負担が大きく」

 

清次郎は溜息をつく。

 

 

 

「どういうことだ」

 

 

 

「俺は正面から仕掛ける間に卓三らが潜り込み抜けさせる」

 

 

 

「無謀すぎます」

 

雫だ。

 

 

 

「鍬や鎌をもって戦う民とて五十の数ともなれば脅威。それが手練れの者たちともなれば。」

 

 

 

雫は戦の経験はないが容易に想像はできる。

 

 

 

雫や利之助が習得する二階堂平法は集団戦での斬り合いに強い。

 

だが圧倒的数の差を覆すことはできない。

 

 

 

「ねえさん。一度に五十を相手にするんじゃない。

 

 山の古城、夜陰だ。相手も弓は使えぬ。

 

 門は騎馬で通るほどの幅、ならば後ろさえとられなければ時をかせぐことはできる」

 

 

雪村の考えは利にかなっている。

 

 

 

 

「時が掛かりすぎれば篝火などで弓も使える。囲まれる」

 

 

 

 

 

「虎口はあるのか」

 

利之助は問うた。

 

 

 

虎口は今でいうところの勝手口のような裏手の出入り口だ。

 

 

 

「ある」

 

雪村は利之助の意図を察してこたえる。

 

 

 

「隊長。何をお考えです」

 

不安な顔を隠さない喜平太

 

 

 

「大垣の禄をもらう貴殿らにはかかわりない。」

 

雪村が制する。

 

 

 

「天狗が黒鬼とつながるものか確かめる。私の役のうちだ」

 

 

 

 

 

「助かります。実際、平助以外は剣術は人並み程度で。私も剣は苦手でして」

 

清次郎が安堵した表情だ。

 

 

 

「頭ばかりつかっておるからだ」

 

含み笑いだが嫌味に聞こえない。

 

 

 

「利之助様。急ぎ小十郎殿に報せ、兄上の到着を待ちましょう」

 

雫が利之助の考えは変えられないと提案を行った。

 

 

 

「そうだな。先生や善次郎がいれば数の劣勢を覆し捕縛もできる」

 

 

 

「決行は今宵だ」

 

 

 

雪村が発する。

 

 

 

「なぜです」

 

数の不利を埋めようとした雫だ。

 

 

 

「天狗の親玉が来ている。」

 

 

 

「ごめんね。天狗の一味だと思ってさ、そんでつけていたのさ」

 

卓三だ。

 

 

 

「天狗を抑えるのはこの機をおいてはない。」

 

 

 

「あっしにはわからんのですが、親玉がいるときのほうが危ないんでは」

 

喜平太だ。

 

 

 

「警備も厚い、そこが狙いだ。

 

 正面から奇襲を受ければこちらの手勢が少ないとは思わず混乱もするだろう」

 

 

 

 

「混乱に乗じて救出する算段か。」

 

 

 

 

 

「無論。小宮山殿。

 

 俺は何度も足を運ぶような『ずく』はない。頭目を討つ腹積もりだ。」

 

 

 

「喜平太。お前は雫と共に小十郎に報せに走れ。

 

先生たちに報せをつけたら和田宿にはいりそこで応戦する準備を整えよ」

 

 

 

 

「利之助様!私は供に参ります」

 

 

 

「雫。お主の腕は認める。

 

                此度は斬り合い。殺し合いになる。  頼む 云うことを聞け」

 

 

 

 

 

「聞けませぬ。

 

 殺し合いの場に利之助様おひとりでいかせることなど」

 

 

 

 

 

 

「ひとりではない。」

 

雪村が口を挟む。

 

 

 

「この者は、猟師でして弓の名手。卓三は脚の速さに石礫の腕は鉄砲より頼りになります。

 

先ほど戻りました者も弓馬に優れた者。」

 

 

 

清次郎に紹介されそれぞれが頭をさげる。

 

 

 

「わたくしには利之助様の鞘の役目があるのです」

 

 

 

 

 

「ねえさん。どうしても云うこと聞けないなら、あんたが知っていること旦那に話すしかねえよ」

 

 

 

「雫・・・。」

 

 

 

「利之助様にとって最も過酷な戦いになるかもしれません。

 

 それでも避けて通れぬのであれば御側にと思い歩んできました」

 

 

 

 

 

雫は語りだした。

 

 

 

大垣を経つ前に、饅頭屋のやゑが訪ねてきて語ったことだった。