五手 和田大火

 

5-2 天狗討伐

 

 

 

湯宿にもどり報せをきいた。

 

 

内容は、商人の噂であったが、和田宿の様子がおかしいという。

 

 

 

 

和田宿は下諏訪より中山道最大の難所和田峠を越えた

 

宿場町で峠を越える者は必ず足を休める宿場だ。

 

 

 

 

宿場の異変は、商人が定宿にしていたところだ。

 

 

 

主は顔なじみの番頭から奉公人までが辞めてしまい新しく雇いなおしたと言っていたが、

 

宿の雰囲気は物のしいもので、番頭というより宿場を仕切るヤクザかと思ったほど、

 

もっと感じた異変は毎度峠の安全を保障するとの名目で賄賂を求める役人がおらず、

 

賄賂を渡すこともなく越えたこと。

 

 

 

 

「喜平太。それで何を怪しむ」

 

小十郎が問うた。

 

 

 

 

「宿場での賄賂など、隊長を前にして言いづらいですが大垣でもございます」

 

 

 

「それがないのです。さらに、和田峠ではい天狗が出ると旅のものが噂もしておりまして

 

 

 

 

 

「顔なじみの店で、顔を知るものがおらんか・・。天狗はおおかた野党か

 

 

 

利之助が答えをさきにいってしまった。

 

 

 

「されど、宿が奉公人をかえた程度の話では動くには、さらに峠の野党のことは高島藩らのお役目

 

 

 

 

 

「いいや。怪しい。この鼻がそうかんじてます」

 

 

 

「ご下命は下諏訪宿までです。」

 

 

 

喜平太と小十郎は譲らない。

 

 

 

「和田宿までは峠を越えるか。ここまで来てなんら掴めずでは童とかわらん」

 

 

 

「小十郎、お前はここに雫と残り、合流される山本先生や善次郎たちを待て。

 

 二日経って戻らぬ時は、早馬でお二方に報せよ」

 

 

 

「承知と言いたいですが、何故、喜平太をお連れになりますか、護衛には私のほうが適任」

 

 

 

「ふむ。喜平太の鼻が臭いと言っているのだ、その鼻だけもっていくわけにもいかんのだ」

 

 

 

喜平太のしたり顔に小十郎は腹立つが、理由には納得した。

 

 

 

「私は供に参ります」

 

 

 

「雫!」

 

 

 

「ここまで来たのです。お供させてください」

 

 

 

「雫。先ほどのかんざしことがあるのだな」

 

 

 

「はい」

 

静かに答えた。

 

 

 

「わかった。

 

先生たちをお待たせするわけにも参らんすぐに出る。支度せよ」

 

 

 

「わたしは湯にもつかっておりません」

 

喜平太は泣き言をいって笑って見せた。

 

 

 

 

利之助が和田峠を越えるのは浦賀警備に江戸へ向かったときを含め二度目。

 

 

 

参勤で江戸に向かう西国の諸大名も超える険であり、

 

姫海道とも呼ばれるほど姫の輿入れ行列も通る。

 

名とは異なりその険しさは中山道随一の長丁場で下諏訪から

 

和田まで5里(22キロ)の山道がつづき、登りも下りも2里半と峠を越えた者は必ず足を休める宿場だ。

 

 

 

利之助と雫の脚は衰えることはないが、喜平太は息があがっている。

 

 

 

 

 

「山がひらけ空が見える、もうひと踏ん張りだ」

 

下諏訪から2里半を休みなく歩き峠の頂からは登ってきたその高さがわかる景色が広がっている。

 

 

 

 

 

「美濃も美しいが、信濃の山々も美しいな」

 

利之助らしい言葉だった。

 

峠を見渡しながら腰をおろした。

 

 

 

「さて、ここから先はお前の鼻が頼りだぞ」

 

 

 

「へい。気合はいれますが、どこまで頼りになるか」

 

 

 

「利之助様。」

 

雫は峠に頂きにさしかかるあたりから気配に気づきそれを知らせた。

 

 

 

「わかっておる。ゆえに茶を飲んでいる」

 

 

 

「そうでしたか」

 

 

 

「私たちの脚についてきている。」

 

天狗と噂される野党の斥候か確かめるため、と目くばせした。

 

 

 

「どうしたんです」

 

利之助と雫の会話にわってはいる。

 

 

 

「峠を越えるあたりからつけられている。」

 

 

 

「では・・あたり。ですか」

 

 

 

「急いてはならん。足音はひとりだ」

 

 

 

利之助が喜平太の息があがるまで急いてみせたのは、

 

  つけている者の数を知るためだったことに気付く。

 

 

 

「ここを立ちしばししたら仕掛ける」

 

 

 

「雫と喜平太は身を守れ」

 

 

 

「はい」、「へい」

 

素直に従う雫に安堵し、勘定を喜平太が済ませ、和田宿にむけ歩き出す三名。

 

 

 

茶屋が米粒ほどに遠ざかったところで、三名は同時に駆け出した。

 

 

 

「釣れるか」

 

ひとりごとのようにつぶやいた利之助を先頭に三名は駆け路の折れた藪へ飛び込んだ。

 

 

 

追跡する脚も駆けたことに気付き駆けてきている。

 

山に慣れた走りだ。

 

雫に眼で合図した利之助は姿を消している。

 

待ち伏せして捕える腹積もりだ。

 

追跡するものが天狗か黒鬼であるかはわからないが、

 

相手がひとりであるかぎり利之助の腕なら負けることはない。

 

 

 

 

だが、雫の不安は高まっていく。

 

 

自ずと手は懐にある小刀に伸びている。

 

 

 

 

 

 

潜む藪の前を風のような音が走った。

 

 

 

 

次の瞬間だ。

 

 

 

 

 

「ぎゃ」

 

短い声があがった。

 

 

 

 

 

利之助が討ち取ったか捕らえたのか。

 

 

 

「何者だ!」

 

 

 

「いてえ!!お前こそ何者だ」

 

 

 

「こそこそつけてくる輩に名乗るわけがなかろう」

 

 

 

「こそこそとしていたから付けたんだよ」

 

 

 

「子どものような戯言を申すな!」

 

頭を抱えたまま言い返している者を拾い上げた。

 

 

 

「こども・・ではないか」

 

 

 

「子どもじゃない。

 

 俺は天領をお預かりするお御公儀隠密雪村平助様の子分、 卓三だ」

 

 

 

こどもと言われたことに腹を立て口走ってしまった。

 

 

 

「公儀隠密の子分って、隠密が隠密をあかしてどうする。

 

 ただの子どもか」

 

 

 

 

利之助の殺気は収まっていった。

 

 

 

「利之助様!」「隊長」

 

 

 

 

「隊長?女連れで峠越え、怪しい奴らだ」

 

 

利之助に捕まえられたままでも口は達者であった。

 

 

 

 

 

「うるさい。小僧」

 

 

 

 

「小僧じゃない。卓三だ!」

 

 

 

 

 

「では卓三。お主はなぜ我らをつけた。怪しいというだけでつける理由などないぞ」

 

 

 

 

「それは・・」

 

 

 

 

「言わねば。噂の天狗として和田の役人に突き出すぞ」

 

 

 

 

「天狗じゃない!いうよ。いう。その前におろしておくれよ」