五手 一死必殺 二  


2「決戦前夜」




可兒は幸を連れ京の大垣藩邸へ戻った。





大垣藩士に利之助の所在を尋ねたが


誰一人可兒が大垣へ経ってからなまくらの行方がわからなかった。





大垣藩士の反応は



「酒でも尽きて小遣い稼ぎでは」




と厄介者に関わりたくないという雰囲気であった。



この反応に幸が声を荒げた



 「父利之助をあざ笑うのであれば私が許しませぬ」



「父?なまくらが山本様の姪御様の父とは・・」 




大垣藩邸にいた者たちがざわついた。

 

 

 

  「いまはそのような話をしている時間はない。良いか急ぎ小宮山殿を探せ」

 

 

 

 

「なまくらなど探さなくともそのうちまた三条河原で酒でも飲んでおりますよ」

 

 

  「小宮山殿を探せというのはご藩老様の命じゃ!」

 

 


場が静まった。

 

 

 


「ご藩老様が何故、なまくらを探せと?」

 

 

  「その問いにはご藩老様自らお答えくださる。明日か明後日にはご藩老様も京へ上られる。」

 

 

 

「ご藩老様が京に!!」

 


  「左様。良いか小宮山殿探索はご藩老様の命と心得よ」

 


「はは!!」

 

 

大垣藩士が一斉に動き始めた。

 

 

藩老小原鉄心が京に上ってくる。

 

 

可兒は小原付の小姓でありながら、特 別な許しを得て京屋敷に滞在している。

 

 

 

その可兒が数日前に大垣への急使として走り、いままた急使として戻った。



何が起きているか藩士にはわからぬが理由はともかく藩老の命に背くわけにはいかない。



「大垣の大荷物」



となまくらを厄介者扱いしている在京藩士にとってははた迷惑なことである。



可兒の 口伝えとはいえども藩老の命であることに違いはない。



なまくらを見つけられなければ叱責を受けるの は可兒だけに留まることなく


可兒からの命を聞いた在京の大垣藩士は連座する。



小原鉄心は藩士領民にわけ隔てのない公平明大であるが治世においては厳格であった。



治世に従わない ものには厳罰を以てきたことを藩士は広く知っている。




大垣藩邸は俄かにざわつき始めた。




大垣藩士たちは京の町を探し回って既に丸一日が過ぎている。



だがなまくら「利之助」の行方は知れない。



「なまくら」と聞けば「三条河原に行けば良いだろ」と答えが返ってくるばかり、



夜も更け店の多くは 暖簾を下ろした。



京から抜け出したのかと思うほどこつ然と姿を消してしまったかように思えたが、


なまくらは日々三条河原で飲んだくれている世捨て人の印象が


強くほかの生活を覚えているも者が極端 に少なかったのである。



中村半次郎らによる暗殺決行が明日の九月三日だとすれば今宵利之助が動くことは間違いない。


可兒と幸は三条大橋まで戻り利之助の姿を探した。



可兒を追って久米部が現れた。



   「久米部。君が何をしに来たんだ?」


 

「大垣藩士がなまくらを躍起に探し回っていると聞いて不安になってな」




  「不安?なんだ久米部」



「可兒。おまえは利之助さんのことを知っていて赤松先生のことを頼んだのか?」



  「利之助さんに暗殺阻止の依頼を私が頼んだことか。


   利之助さんは二階堂平法の奥伝の使い手、久米部 君が相手でも、


   ましてや薩摩隼人が複数でも遅れをとることなどはない。


   だが大垣藩老の命で利之助さんひとりに汚れ仕事をさせてはならと


   頼んだことを取りやめて頂こうと思って探しておるのだ。



   お前なら利之助さんの居場所を知っているだろ。


   この女子は利之助さんの娘幸様じゃ。


   娘も探しておる久米部 教えてくれ」




可兒の紹介を受け幸は一礼をした。 



その一礼さえ遮るように久米部は可兒の胸倉を掴みあげた。




可兒の足が地面から浮きあがった。




「可兒、おまえは!!


       奥伝の使い手だと?それは 2 年前のこと。


利之助さんは心の臓を患っている。


酒を飲んで隠しているだけだ。剣など振るえるものか!!」




可兒も幸も久米部の話に驚きを隠せなかった。



   「病んでいる?心の病ばかりだと・・・まさか・・・」



「バカ野郎が!!利之助さんのことも何も知らずに。」



 「父は病んでいるのですか?病んでいるのに闘おうしているのですか」



「幸さんとか言ったな。


俺が知っている小宮山殿は、己の命よりも尊いモノを心に秘めている。


そのモ ノを守るためならば病の身であろうとも闘うだろう。」




 「父は・・・父は病に冒されながらも病床に臥すことも良しとせずに孤独の中で・・・」




利之助が抱えていたものは真実という孤独だけではなく


病に蝕まれる痛みもともなっていたことを幸 は知った。



「俺が行く!!」




久米部は隊服を脱ぎ捨てながら叫んだ。




  「久米部。君は会津藩お預かりの身。


   君が行けば、薩摩と会津の衝突のきっかけにさえ・・・」





「そんなことはどうでもいい。


 隊規に背き士道不覚悟で斬られるのもいい。



しかし!!



 このままここで 黙って待つことは出来ん!!」




  「久米部行くと言ってもどこへ向かう?」




駆けだそうとする久米部を制した。




「利之助さんが二刀使いとしての闘いを選ぶのであれば・・・場所は二カ所」




   「二カ所?」



「地図にはないが薩摩の者が使う古道が二カ所あることは調べてある。

                            あとはそのどちらに絞るか」




   「場所を教えてくれ。


    一カ所を久米部と私が、もう一カ所を大垣の有士隊があたる。」




可兒は提案を行った。



「一刻を争うぞ。



 今から共に大垣藩邸に戻り準備を整える時間などない。



      俺は紫陽花小路を薩摩の者たちが呼ぶ古道をあたる。




お前は有士隊を率いて鼠口を当たれ。


             その場にいなければ片方へ合流するのだ」




鼠口と紫陽花小路の二か所の場所を伝え久米部は駆け出していた。



久米部の後を可兒が伴っていた少女が走ってついてくる。



「小宮山殿娘だと・・・」




久米部は走る脚を緩めた。



「貴女は可兒と共に動くんだ!この路は命の保証ができん」




 「命の保証がないということは父上がいる証です。


  貴方様も剣客。


  故可兒様には万が一のもう一方を教え、貴方が危険なもう一方を選んだ。


                                違いますか?」





久米部は脚を止めた。




久米部の想いは娘の推察通りであった。




大垣と薩摩の直接衝突を避けるために久米部が選んだ路だ。


「お主は本当に小宮山殿の娘のようだな」



 「はい。父に赦してもらえなくとも、せめて声だけでもかけて頂きたいのです」 




「身を守ってやれぬぞ」




 「父上のお顔が見れればそれで構いません」



この娘、命を懸けるか。



久米部は幸の眼の奥に月明かりが差し込み一閃の眩い光に見えた。


一閃の光に賭けてみるしかない。

「走れるか?」


 「はい!」

取り残された可兒の不安は高まった。




利之助は可兒と別れる際に可兒の脇差を持ち去っていた。



小原鉄 心の話に合った利之助が用いる奥伝は一死必殺。



己の命と引き換えに相手を必ず仕留める禁忌とされる 殺人剣。


その技は左手から繰り出される突き。


利之助は長刀しか持っていなかった理由は人を殺める禁 忌奥伝を封じていたからであり、


可兒が己の命を差し出す覚悟の変わりにと持ち去った脇差が示す答えはひとつ。



禁門の変で二刀使いと勇名を馳せた男の剣技こそが禁忌奥伝を振るった小宮山利之助である。



禁忌奥伝を再び鞘から放つきっかけとなってしまった。



利之助は病である身体ひとつの命と引き換えに、


暗殺を企てる者を阻む覚悟であるのであろう。



兵学の師赤松小三郎を暗殺から救う手立ては他にもあったはずだ。



赤松が首を縦に振らずとも、己が忌 嫌われようとも上田藩邸に報せればことは違った。



秘密裏にことを運び、


京の世情が落ち着いた暁には再び赤松の教えを京で請おうとした己の未熟さが悔しかった。



悔しさを噛みしめながら大垣藩邸へ駆け戻り京の町の探索へ出ている藩士と


利之助配下のままで在京 を望んだ有士隊を呼び戻した。



藩士には藩老小原鉄心が京屋敷へ見えようとも


可兒よりの連絡あるまでは動く事なきことを告げ、


禁門の変の初陣した可兒と共に闘った利之助配下の有士隊を集めた。



大垣の故郷へ戻った者が半数以上であったが、



京屋敷警護役として在京を許された 12 名の隊士が駆けつけた。



   「これより戦になるやもしれぬ。お主らの力を貸してくれ」




可兒は農兵と笑った彼らに頭を下げた。



「可兒様。早く行きましょう。小宮山様を待たせちゃなりません」



有士隊は応えた。



可兒を含め一三名は月明かりから、


明るい日へと夜明けを迎えようとする京の町を駆けだした。











大垣藩邸に動きがあることは薩摩藩邸の有馬に届けられた。


可兒に大垣を動かす力があるとは実のところ思いもしなかった。


出来て数名の同志を募るか護衛を雇うかであろうと踏んでいたが、


洗馬がもたらした報せは「大垣藩邸が動いた」である。



大垣藩士の役目は小原の命を守りなまくら探索のための動きであったが


有馬はその実を知ることはない。



半次郎が可兒の始末をつけていれば騒ぎにもならなかったかとふと頭を過ったが


時は既に九月二日 の夜半を過ぎ、



半次郎に下された九月三日の刻限は寸前であった。




月を眺めながら有馬は呟いた。

「赤松を討つ。半次郎の云う通り戦となったか」


洗馬が有馬に声をかけた。

 「半次郎が呼んでいる」




半次郎もここにきて意を決して皆を集めた。





有馬は洗馬の後から入室した。



半次郎が待つ一室には既に洗馬、根古屋、赤井、尾引、横尾が集まっていた。



横尾は先日の久米部の一刀により戦う力を失っていたが


有馬が選んだ謀議に加わっていたため同席を許された。



 「半次郎。可兒が大垣を動かしたぞ」



 



  「有馬。



     何者が薩摩の路を阻もうとも、我らはなすべきことをするまで。




       明朝明け六つ、幕府の密偵赤 松を討つ!!



                   皆、後世まで悪名を背負う腹を括れ!」






「おう!!」





一室にいた薩摩藩士七名が一斉に鞘に収まった刀を突きあげた。







慶応三年九月三日明け四つ。



運命の点と点が重なり激闘が始まるまであと鐘は僅か二つとなっていた。