三手 幕薩一和  一の弐


道場らしき屋敷にたどり着いたが道場の看板もない。



やはり流派をつないだ小宮山という男が戻らぬからであろうか。


女将は道場を守るものがいるといっていた。




屋敷の門をあけ声を発しようとした半次郎に、殺気に満ちた張りつめた空気が流れ込んできた。



 「なんだここは?」


呟くと、暗闇の中に物音もさせずに線の細い剣士が現れた。




屋敷の陰で顔を見ることは出来ぬが


異様な殺気はこの者が放っていることに半次郎は焦燥感を覚えた。



半次郎は半身に構えいつでも剣を抜ける体勢をとった。






大垣城下へ入って四日、



このような感覚に襲われたのは初めてである。



金蝶屋の店は女将を藩老が手伝いだした店。


 「しまった。饅頭屋は密偵のためか・・」



半次郎が有士隊を探る者と気取り、刺客が待つ屋敷へ誘われたか。


満ちた殺気は周囲を囲まれている。



半次郎は錯覚に陥った。 




「何用でございます」





半次郎は耳を疑った。



発せられた声は女子の声である。


 「おなごか?」



「二階堂平法剣術道場師範代山本幸にございます」



 「なっ!師範代?」




姿を見せ師範代を名乗った線の細いおなごはまだ二十を数える前にみえた。




 「中村半次郎と申す旅の者じゃ」




 「こちらの師範代である小宮山殿の京での戦いの顛末を伝えてくれと


  金蝶屋の女将に頼まれ伺った」




半次郎はまだ構えを解いていない。




 「小宮山・・・」



おなごの眼の瞳孔が開いた。


充満していた殺気のすべてが半次郎を突き抜けた。


 


  今の心を凍らせるような殺気は。



  このおなごは何者だ。


          やはり大垣の刺客。




半次郎は腰のモノに手をかけた。



 「正直、小宮山殿の戦いを見届けたのではない、大垣の先鋒を担った有士隊の戦いを見届けた」




 「見事な戦いぶりであった。


  名こそ知らぬが、先陣で二刀を振るい続けた男は恐ろしいほどに強かった」





「二刀の使い手・・・」





  「知っておるのだな?」



半次郎は悟った。



おなごが向けた殺気は半次郎にではない。


二刀使いの男への 怨念にも似た殺気であったことに。



半次郎は構えをといた。




「二刀を振るった男はどうなったのです」



 「わからぬ。だが命は拾ったはず。行方がわからぬ故、こうして大垣まで足を運んだのだ」




「利之助・・・」



おなごは俯き名を発した。




「貴殿は二刀の男を斬るために大垣に参られたか?」



憎しみに満ちた声だ。




 このおなごと二刀の男の間に何があったのだ。


 「俺は二刀使いの男に会って確かめたいことがある。」




「では貴殿は利之助・・二刀の男の行方を知らぬと?」


半次郎は勢いに押されていた。


剣腕では半次郎がまさることは間違いない。


しかしおなごの発していた 憎悪の念に飲まれていた。




 「知らぬから訪ねたと先ほど申した」





「そうでしたね。



 中村殿、二刀使いの男は私がこの手で斬る」




叫ぶような声で半次郎に言い放った。


狂気に満ちている。



如何に狂気や憎悪の念が強かろうとも、二刀使いに叶うはずがない。


それでも斬ると。
 


 「仇討か・・・」



半次郎は漏らした。



「・・・利之助の話はしたくない。お引き取りを願いたい」



おなごの態度がかわることはないであろうと半次郎は道場を後にした。




大黒屋に戻り明日出立することを主に伝え、丁稚の男を寝間に通してほしいと頼んだ。



「なんでございましょうお侍様。あっし何ぞ、無礼なことを致したでしょうか?」


頭をぺこぺこと下げ続けている。



 「そうではない。四日も世話になった故、主と一杯酒を飲みたかったのだ」 



「へ?あっしとですか?いやいや主に言いましておなごを呼びます故」




 「お主と飲みたいのだ。酒を運んできてくれ」



「へ、へい」



下がった丁稚に変わり、主が上がってきて



「酒を飲むのでしたら斯様な無礼者ではなく芸子を呼びます 故」





 「主。くどい!あやつと飲みたい。」




半次郎のぎょっろとした眼は主を呑み込み



「は、はい。今すぐにご用意を」




酒と共に寝間にきた丁稚は怯えきっていた。



半次郎は杯を渡し「飲め」と徳利をつき出した。



男はやけくそのように杯を飲み干した。


 「よい飲みぷっりだ」



半次郎は次から次へと男の杯に酒を注いでいく。



わけもわからぬ中酒を飲まされ続けた男は酩酊しはじめていた。




酩酊し始めた頃合いをみて半次郎は切り出した。



 「町の外れの剣術道場の小宮山殿とはどのような男なのだ」




「小宮山殿?

 ああ朝お話いたしましたあっしを助けてくださった饅頭同心様でございますよ」



 「小宮山殿が剣を抜いたことは見たことがないとお主は言ったではないか」



「へい。ございません。ただ道場で稽古をつけてもらった者は多くおります」


 


 「強かったのか?」



「強いも何も、

  剣才では師である山本様をも凌ぐ腕前ともっぱらの噂でございました」



 「師をも凌ぐほどの腕前か。」



「へい。そりゃあもう大垣の両川と謳われた剣士様ですよ」



 「両川?」




「山本様の門弟で、小宮山様と貴方様によく似た方がおりまして、

 このお二人のどちらの剣の腕が強い のかなど町の者は噂をしたもんです」




 「それでどちらが強かったのだ?」




「お二人が仕合をすることはなかった。それどころか・・・」




 「なんじゃ?」


「剣術指南役の山本様が大垣有士隊を率いて天狗党の奴らを蹴散らしました。」




その話は噂で聞いた。


天狗党の西上を大垣藩が阻み北陸へ追いつめ殲滅したと。



「天狗党の残党どもが、逆恨みをしてこの城下で辻斬りを繰り返し・・・」


「山本様も、善次郎様も、斬り殺されました」




善次郎と呼ばれた男は小宮山の同僚の同心であろうと半次郎は推測し話を聴き続けた。




「小宮山様は残党を討ち取り仇を討ったようですが、


 それ以来は町道場に姿を見せなくなり、噂では有士隊を率いて京で斬り死にをされたとか」



酔っているため男は堰をきった川のように語り出していた。



 「小宮山殿は二刀を使うのか?」



半次郎は確かめたい真意に迫った。


「わかりませぬ。

 

 噂でしたが禁忌奥伝と呼ばれる門外不出の技があって、


 その技を操れたのは亡くなられた山本様、善次郎様、小宮山様のお三方だけだったとか」 




 「禁忌奥伝?」




「難しいことはよくわかりませんが、


 鞘の理を修めた者にのみ修得が許さるもので、一死必殺というも のだそうで」




 「鞘の理とはなんだ?」



「鞘の理は、小宮山様の教えです。


 鞘から剣を抜けば刃を向けるしかない。剣は抜いたらいかんと」



丁稚は小宮山と呼ぶ自身の命の恩人である男が京で討死したと思い込んでいる。



半次郎の脳裏に矛盾の葛藤が沸き起こった。



 探していた二刀使いの男は間違いなく小宮山利之助と名をもつ大垣藩士。



 禁門の変での戦いぶりには鞘の理を修めた者とは思えぬ、


 人を殺めることに何も感じない怜悧な男であった。



 「一死必殺とは?」



半次郎は目の前の膳を蹴り飛ばし丁稚の胸ぐらを掴んだ。





禁忌奥伝と呼ばれるものが門外不出であるならば、



 一死必殺は、鞘の理に反する教え。



この矛盾こそがあの二刀使いの謎を解く。




「一死必殺は、聞いたことしかありません。己の命に代えて相手を必ず殺める」




半次郎の中の点と点がつながった。


道場であった幸と名乗ったおなごが発した殺気こそが


「一死必殺」



と呼ばれた教えであり、


二刀使いの 剣技が禁忌奥伝と云われる一死必殺を可能にするものであると。




二刀使いに恐怖したのは、あの男は自身の死に代えて敵をすべて斬ると腹を括っていた。



死ぬために戦 っていたことに気付いた。




新たに浮かんだ疑問があった。


 禁忌奥伝を極めた小宮山の師や両川と謳われた善次郎という者が、


 大垣 城下で天狗党の残党にいとも簡単に討ち取られるであろうか。


 それに師の仇を討った小宮山をなぜ幸と名乗ったおなごは斬ると言い切ったのか。



わからぬことだらけだが、


半次郎の心は冷静さを取り戻した二刀使いは鬼神や物の怪の類ではなく、


「小宮山利之助」


と名のある武士であること、


禁門の変で振るった二刀は禁忌奥伝一死必殺と呼ばれる流派の技であること。




 「ならば鞘の理とは・・・」


半次郎の横で丁稚の男は飲み崩れいびきをかいて寝はじめていた。




姑息な手段に思えたが半次郎は丁稚の男から聞き出せることだけのことを聴きだし、


翌朝、大垣を発ち京へ出立した。